うみべのストーブ 大白小蟹短編集

うみべのストーブ 大白小蟹短編集

いつかの自分がことばにできなかったこと

大白小蟹(おおしろこがに)の初単行本となる短編漫画集。
わたしたちのこころの奥底に潜んでいる、ことばにならない気持ちを掬い上げてくれるような物語の数々。ひとりひとりの切実な悩みや苦しみ、喜びも、個人的なものであればあるほど、多くの人のそれとつながっている。収録されている7篇は、誰かの物語であり、わたしたち自身の物語でもあります。

表題作の「うみべのストーブ」を始め、そのどれもがそれぞれに素晴らしいのですが、ここではその一部をご紹介。

「きみが透明になる前に」
事故で透明人間になってしまった夫。夫の姿が見えなくなって、ちょっと楽かもと思ってしまった妻。自分が愛していたのは夫そのものではなく、ごはんのタイミングとか家事とか、そういうものがうまく回っていた夫との生活の方だったのではないか・・・。
そんな妻が、夫自身をちゃんと愛していたと気づくまで。ここにいるけれどもういない。でも、こころでは触れることができる、切ない夫婦のかたち。

「雪を抱く」
妊娠した主人公は、喜ぶ夫をよそに複雑な気持ち。子どもの頃から当たり前のように周りの人が自分の身体に干渉してくること、そのせいで自分の身体が他の人のために存在しているような気持ちになるのが、すごく嫌。大雪で家に帰れなくなった日に、たまたま出会った女性にその気持ちを話す場面が印象的。「あなたの身体はあなたのものだよ」と力強く語るその女性の言葉に思わず頷いてしまいます。ふたりで銭湯につかる場面がとても素敵。

「海の底から」
日々の生活に追われ、本来の自分がやりたかったことに向き合えずにいる生活者の葛藤を描いた物語。どんなにやりたいことがあっても、ひとによっては生活の基盤を築くことで精一杯な時期があって、その最中にいるときはそれが自分の人生のように思えてきてしまうもの。でも、一歩一歩いまを積み上げていけたら、いつかまた自分のタイミングで向き合えるときがくるのかもしれない。
会社に行くために地下鉄の駅に降りて行く時の海の底に潜って行く描写と、やりたいことに取り組めるようになった時の海面で息継ぎをする描写が最高です。

各篇の最後には短歌が添えられ、物語の余韻をさらに深めてくれます。
最近息継ぎできていないひとに、ぜひ手に取ってほしい1冊です。普段は漫画は読まないというかたにもおすすめ。

うみべのストーブ 大白小蟹短編集

著者:大白小蟹
出版社:リイド社
ページ数:232ページ
仕様:18.2×12.8

うみべのストーブ 大白小蟹短編集
うみべのストーブ 大白小蟹短編集
¥880
9784845861439
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