傷を愛せるか/宮地尚子
弱さを抱えたまま、傷とともに生きていくこと
精神科医であり、トラウマ研究の第一人者である宮地尚子さんのエッセイ集。 「弱さや傷を抱えながら生きる」ことについて、旅先や暮らしのなかでの出来事や、映画やアートからめぐらせた思索を、体温を感じられる文章で綴った1冊です。
多くの臨床経験があり、精神的な傷やトラウマの回復支援に携わってきた著者だからこそ語れる言葉の数々。 医療や社会の限界もみつめ、治療者側の傷も抱きしめながら、なおできることを探す。ひとりの医師として、ひとりの生活者として、様々な葛藤を抱えながら模索し続けるその姿勢こそが、ケアの本質であるということに気付かされます。
印象的だった一節を紹介します。(以下、本文より引用)
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・「他者を愛する」とは、自分とはちがう存在、自分には理解できないもの、自分では受け入れられないものをもっている存在を、まさに自分には理解できないし、受け入れられないからこそ、尊重するということである。
・トラウマを負った被害者が回復し、自立した生活を取り戻していく際に、「エンパワメント」が重要であるということはよく知られている。「エンパワメント」とは、その人が本来もっている力を思い出し、よみがえらせ、発揮することであって、だれかが外から力を与えることではない。けれども忘れていた力を思い出し、自分をもう一度信じてみるためには、周囲の人びととのつながりが欠かせない。
・実際の命綱やガードレールがどんなに頼りなくても、人はなにかが、もしくはだれかが、自分の安全を守ろうとしてくれていると感じるときにのみ、人として生きられる。
・傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。
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幸せになってほしいと祈ってくれるひとがいる、その存在を感じられるだけで、ひとは本来の力を取り戻せるのだそう。私たちは自分でも気づかないうちに、たくさん祈ったり祈られたりして、そんなことに守られながら生きているのかもしれません。
誰もが弱さや傷を抱えたまま生きていける世界であるように。ケアやエンパワメントについて、温かなまなざしで一緒に考えることができる一冊です。
傷を愛せるか/宮地尚子
著者:宮地尚子
出版社:筑摩書房
ページ数:256ページ
仕様:A6文庫判
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